夢を追うすべての人へ

本日、トヨタ自動車などが出資する未来創生ファンドやSBIグループなどから、総額15億円の資金調達を実施したことを発表しました。これまで調達してきた金額は合計3億5千万円程度なので、ナイルとしては初めての、いわゆる「大型資金調達」となります。

良い機会なので、なぜ私がナイルという会社を起業し経営してきたのか。そして、今後どのように事業を展開し、何を実現しようとしているのかについて書いてみようと思います。

死への想いと世界を変えられていない事実への葛藤

私が中学生の頃、祖母が亡くなりました。

祖母は小学校の教師で、葬儀には教え子の方など多くの人々が参列し死を悼んでくれました。多くの方が祖母を惜しみ、泣いてくれるのを見て、人が生きて思い出を人に遺すことの尊さを私は知りました。

一方で、感じた恐怖もありました。それは、「いつか残された人々に忘れられてしまうこと」の恐ろしさでした。おこがましいかもしれませんが、「自分は周りの人々に悲しんでもらえることを人生の意味にはできないな」と思ったのです。

結果、中学が終わる頃には、私にとっての人生の目標は、「世の中に残るものを作ること」になりました。自分の生きた証を、自分が死んだ後の世界に残せるような人間になりたいと思ったのです。

この強い想いが起業の原点となり、2007年、私は大学在学中にナイルを創業しました。
しかし、今振り返ってみると、2007年当時の私たちのやり方は利口とは言えず、起業した後の数年間は本当にお金に苦しみ続けました。

銀行から借りられるだけお金を借り、2009年の時点で学生にして数千万円の借入をし、大きな事業規模を目指してひたすらにもがいていました。しかし、結果は出ず、売上や利益も思ったように伸びません。

「もっと世界を変えるようなことをしたい、しなければ」。
そんな想いばかりが募っていました。

ですが、そのための道筋は見えず目の前の事業を伸ばすことばかりに精一杯な時期が続きました。

デジタルマーケティングというテーマで事業を伸ばし、企業として安定したのちは、当時新たな潮流であったスマートフォン領域に着目。2012年よりスマホアプリ発見サービスとして「Appliv」をリリース。2015年にはApplivの海外展開も開始しました。

Applivは順調な成長を見せ、現在では月間1,000万人近いユーザーが利用するサービスとなりました。海外展開については思ったような成果が出せず、撤退となってしまったものの、国内の利用ユーザー数は大きな伸長を見せ、今年度は売上高成長率としても非常に大きな数字を見込んでいます。

こうしたメディア事業の成長も寄与し、ナイルは事業成長を続け、12期連続での売上成長を達成するに至りました。また、既存事業においては一定規模の利益も計上することができるようになりました。

しかし依然として、私の葛藤は続いています。
「自分はまだ世界を変えられていない、何かを残せていない。なのに、時間はどんどん過ぎてゆく。自分は死に近づいていく」という焦燥感は消えることがありません

「メメント・モリ」という言葉があります。
ふと、自分の死を想う時、「何ができたら満足か」と自らに問いかけます。

私の答えはいつも、「心に感じる強い手応えを得て死にたい」です。

「自分はこれだけのことを世の中に残すことができた」という強い手応えが、私にとっては死ぬ瞬間にとても大切なことのように思えるのです。

だから、自分の死後、10年後ー50年後ー100年後の世代の人たちに、「これがなかった時代なんて信じられないね」「あの会社が日本から生まれたなんて誇らしいね」と言ってもらえるような、「100年後の世界に贈る事業」を作りたいと強く願っています

もしかしたら多かれ少なかれ全ての起業家がそういうものなのかもしれませんが、私の場合は夢の実現に向かう中で生まれる心の葛藤__現実と理想とのギャップを埋めようとする気持ちが、戦う力になっているような気がします

そして、この気持ちが、新たな事業への意欲源泉となり、挑戦したテーマがあります。
それが自動車。モビリティ領域への挑戦だったのです。

次の100年において、日本が「モビリティ先進国」となる世界を作りたい

自動車産業は、日本の最大産業です。全労働人口の10%近くが自動車関連産業に従事しており、多くの雇用を創出しています。

トヨタ自動車をはじめとした自動車メーカーはグローバルに活躍し、多くの国で日本車が走っています。そして、「日本の自動車の品質は素晴らしい」という評価を世界中で獲得し続けてきました。少なくても過去十数年間に渡り、日本は間違いなく「自動車先進国」であり、世界から脚光を浴びる存在であり続けました。

しかし現在、この状況には明確に翳りが見られます。

コネクテッドカーや自動運転、ライドシェアリングや電気自動車など、過去100年には見られなかった様々な技術革新・サービス革新の波__モビリティ革命がこの産業に押し寄せ、自動車産業ヒエラルキーの頂点にある自動車メーカーをはじめとした全てのプレイヤーが、次の十数年に起きるゲームチェンジへの対応を模索しています。

また、残念ながら日本社会は新たなモビリティサービスへの受け入れについて、非常に不寛容な社会だと思います。

Uberをはじめとしたライドシェアリングはいまだに日本で認められていませんし、過去に作られた法律に縛られ、新たなモビリティサービスを設計するにあたり様々な制約が付きまといます。こうした背景もあり、自動車というテーマで事業作りに取り組む「自動車関連ベンチャー」の数は少なく、米国をはじめとした世界の様相とは大きな乖離があるのが現状です。

私たちが新規事業として2018年1月から開始した「マイカー賃貸カルモ」は、まさにモビリティ革命をテーマにした事業です。上述した起業の動機や抱え続けてきた葛藤も相まって、今まさに急変する自動車という領域において、「自動車と人の新たな関係性を作りたい」「次の100年においても日本が世界に冠たる自動車産業を持つ国で在り続けられるようにしたい」という強い想いを私は持っています。

今回調達した資金は、こうした想いを実現するために投資頂いた資金です。私たちはその全てを、モビリティ革命に投じます。そして、100年後の人々がこの時代を振り返った時に誇りに思うような、社会に根付く事業を作り上げていこうと本気で考えています。

「マイカー」というテーマに着目

近年、日本で話題になることが多いのは、タイムズカープラスなどをはじめとしたカーシェアリングですが、カーシェアリングはその事業構造上、都市部に優先的に立地しています。一方で、日本の多くの人口が住まうのは地方や郊外であり、東京都心のような地域に居住する人口は一部に過ぎません。

日本の地方や郊外、地方都市の都市設計は、人々がマイカーを持っていることを前提としたものとなっており、事実として人口100人あたりのマイカー保有率が5割を超えている県が47都道府県のうち31を占めているという現状があります(ちなみに東京における保有率は約16%です)。

こうした地域においては、マイカー保有がクルマ利用の圧倒的多数を占めている状況が依然として続いています。つまり、いわゆるシェアリングビジネスではなく、クルマ所有に関するユーザーニーズの方がはるかに強い状況があるのです。

他方、「マイカー」という概念は、徐々にそれ自体が変化を遂げようとしています。

カーシェアやレンタカーの浸透も手伝って、以前であれば「購入し所有する」ことを前提としたクルマという商品は、徐々に「利用するもの」という考え方に変わりつつあります。この流れは、名義としての所有にこだわるのではなく、「マイカー」として「常に使える状態にあれば良い」という考えを明確に後押ししていると思います。

その証拠に、いわゆる車の賃貸であるカーリースでマイカーを保有する方々の数は急増しており、矢野経済研究所によれば、個人向けのカーリースで保有されているクルマの数は2017年〜2022年の5年間で約4倍ほどの規模にまで成長すると言われています。

地方在住者のニーズに応え、カルモをリリース

こうした状況を踏まえ、私たちはマイカー賃貸カルモを立ち上げました。カルモは、ネット完結で申し込みができ、月額定額料金でマイカーを保有できる、車のサブスクリプションサービス(カーリース)です。

車のサブスクリプションといってもIDOMが展開するNORELやトヨタ自動車が展開するKINTOとは違い、〜9年という長期にわたり月額定額料金でマイカーを持ちたい方をターゲットとしたサービスとなっています。ネットならではのリーズナブルな料金感が人気を呼び、リリース後の約1年間で累計3,000件の申込を獲得してきました。

「マイカー」を携帯電話と同程度の料金で

マイカーは購入するもの、所有するものという概念を変え、マイカーを所有物ではないもっと気軽な形で利用するようなサービスを作り、誰もがマイカーで自由に旅行や買い物、通勤を楽しめるようにしていきたい。こうした想いで、私たちは事業に取り組んできました。

しかし所有から共有へというトレンド以外にも、サービス展開をする中で重要な社会課題が見えてきています。それはシンプルに車という商品が人々にとって高価であるということ、そしてローンやリースなどの金融商品を誰しもが利用できるというわけではないということです。

「クルマ離れ」が叫ばれて久しいですが、この状況の背景には、1998年以降明確に低下傾向となっている日本の所得水準と、これに対して変化しない自動車価格、そして金融サービスとしての多様な選択肢が日本に不足していることが挙げられるのではないかと思います

日本の二人以上の世帯支出の平均を見ると、自動車関連費用は約8%を占めています。こうした大きな消費を占める自動車について、「安くクルマを持ちたい」「気軽に持ちたい」という欲求があるのは必然であり、現在のマイカー購入はそうしたニーズを満たすことができているとはとても思えません

こうした課題を鑑み、今後カルモでは中古車版のリリースを通じて、携帯電話代と同程度の月額料金でマイカーを保有することができるサービスの提供に挑戦していきます

また、現時点では検討レベルではありますが、既存の金融システムにおいては与信の観点からローンやリースなどを活用できなかった方々に向け、クルマをサブスクリプション形式で提供していくモビリティ×Fintechといった領域にも目を向けていこうとしています。

カルモは、現時点では累計数千件のお申し込みを頂いたに過ぎないサービスです。しかし、今後数年で、年間数十万件のお申し込みを頂き、年間で数万件単位の契約を頂けるような事業へと進化させていく心算です。

そして、多くのマイカーをお持ちになるユーザー様とつながりを作りながら、もっとモビリティ革命のど真ん中を射抜くような試み(4%の時間しか稼働していないと言われるクルマを複数人で共同保有するサービスや個人間でのカーシェアリングなど)に私たちは挑戦します。

次の100年においてスタンダードとなるような「自動車と人の新たな関係性」を生み出し、私たちのサービスを通じて人々を幸せにする。そんな事業を、強い覚悟を持って作り上げていきます。

夢を追うすべての人は、挑戦者

私は夢を追う人が大好きです。

起業家であろうがなかろうが関係なく、人が夢の実現を目指した時、そこには常に壁があり、行く手を阻みます。夢を成し遂げようとすることは挑戦するということであり、挑戦には障害がつきものです。

その障害を乗り越えようともがく姿に、人間の美しさの一つの側面があると、私は心から思っています。

一方で、挑戦するということは苦しみを伴うことでもあります。

障害に直面した時、どうすればいいのか。
そして障害を前に失敗した時、それをどう捉えればいいのか。
結果として、今の自分と理想の自分の乖離に苦しむ時、それをどのように受け入れ、前に進んでいけばいいのか。

これらは、夢を追うすべての挑戦者にとって、重要なテーマです。

私は起業してからというもの10年以上、このテーマに向き合ってきました。そして、自分の中でずっと大事にしてきた考え方があります。記事の最後に、その考え方を綴り、筆を置きたいと思います。

自分を信じる、強く想う、歩みを続ける

頭が良い人は、常に確率を考えます。

「こうした観点から、実現できないかもしれない」「できなかった時のために、こういう方向性も考えておかないと」などの思考はもちろん大事ですし、こうした考えを持たざるは蛮勇でしかありません。

ただ、「勝負する」と決めた時は、こうした考えを持つことはマイナスに働きます。
「絶対にこの商談で結果を出さなければならない」という場面では、「できないかもしれない」という合理的な思考は不純物でしかないのです。

必要なのは「絶対にやってやる」という強い想い、「できて当たり前だ、やるんだ」という自分を鼓舞する気持ちです。

こうした強い想い、根拠なき自信こそが、言葉に力を生み、結果をもたらすということが明確にあります。スポーツ選手が「自分は勝てる」と自分に何度も言い聞かせて競技に臨むように、「できると信じること」の力は本当に大きいのです。

もちろん、できると信じて臨んだとしても結果として負けることもあります。立て続けに負けてしまい、弱気になってしまうこともあるでしょう。それでも諦めずに腐らずに、「自分を信じ続けること」だけが、機会を掴み飛躍するために大切なことなのではないでしょうか。

スタートアップは、湖面を優雅に泳ぐ白鳥のようなもので、見た目は良くても泥臭いことばかりです。私たちが本日発表した資金調達についても、そこに至るまでの間に、たくさんの障害・苦難がありました。

海外展開がうまくいかず、海外拠点を撤退した際には多くの従業員が会社を去りました。事業が上手くいっていない時に資金調達活動をした際には、出資してくれる会社が見つからず、忸怩たる思いをしたこともありました。そんな中でも、経営陣で何時間も膝を付け合わせて話し合い、「自分たちならできる」と信じて、歩み続けてきました。

そうした歩みがあっての今日なのです。今日という日は、単に良いニュースを世の中に出せた日なのではなく、自分たちならできると信じて歩み続けた日々における一つの出来事を、最も良い形で切り取って世の中に発信した日でしかないのです

夢を追うすべての人へ

私と同じように夢を追う、すべての人に伝えたいことがあります。
笑われたっていい。無理だと言われてもいい。夢への道筋を不安に思ってもいい。歩みを続けましょう。

そして、勝負の瞬間には、自分を信じ、強く想い、突き進みましょう。

社会に根付く仕組みを作り、人々を幸せにする。
モビリティ革命に一石を投じ、次の100年を代表するモビリティ事業を作る。
そして日本を100年後の世界においても、モビリティ先進国と言われるような国家にする。

こうした夢に向けて、私もまだまだ全くの道半ばですが、自分と、関わってくれる全ての人々を信じて、未来へ進みます。

この記事を読んでくださった、夢を追うすべての人の夢が、実現することを願っています。
本日、私たちが歩んできた道のりの瞬間を切り取り、皆さまにお知らせすることができたことへの感謝に寄せて。

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Nyleはビジョンとミッションを変更しました

2018年8月、Nyleはミッションとビジョンを変更した。加えて、「経営方針」という概念を作り、これについても新たに制定した。この記事では、どのような意図でミッションやビジョン、経営方針を策定したのか、そして現時点で得られた効用は何かについて書いていきたい。

Nyleにおけるミッション、ビジョンの関係性

ミッションとビジョンについて語るには、まずはNyleにおけるミッションやビジョンとは何を意味するものだったのか、記さねばなるまい。過去10年において、Nyleでのミッションとビジョンは、下記のような関係性を持ち制定されていた。

つまり、ミッションとバリューはある種「表裏一体」な概念として考えられていた。

ミッション達成を目指していく中で、企業としての理想像(ビジョン)も体現されていくいう考え方で、ミッション達成が企業の至上目標であるという前提はありつつも、ビジョンもほぼ並列的な概念として重視されていたのだった。

そしてその上で、Nyleのミッションとビジョンは下記のようなものであった。

ミッション:新しきを生み出し、世に残す
ビジョン:世界で最も尊敬される企業となる

徐々に顕在化してきた違和感

約10年前に制定した上記のミッションとビジョンについて、私はここ2年ほど違和感を感じるようになってきていた。

もちろん、私自身が経営者としてその考え方を変化させて行く中で、20代前半で決定したものと乖離が出てくるのは当然のことだろう。当時は大変カッコ良いと考えていたワーディングについても、今見ると普通に結構恥ずかしいと思うものである。

主には、
・現在のミッションのワーディングには、利他性がないのではないか
・ミッション、ビジョン共に抽象度が高すぎて、メンバーに腹落ちさせられていないのではないか
・ミッションとビジョンが対等であることで、逆に目指すべきものが2つあるように感じ、意思決定の軸がぶれるのではないか
・そもそも尊敬される企業になりたいんだったら、尊敬される企業となるとか言わない方が良くね?
などの違和感、課題間について、経営陣でも議論が行われるようになり、今回のビジョン、ミッションの変更に至った(1年半以上に渡り役員合宿などで議論を重ねた)。

新たなミッション、ビジョンの関係性

経営陣で議論を重ねて行くうちに行き着いた結論としては、「そもそも論としてミッションとビジョンの関係性を見直すべきではないか」というものであった。

様々な企業について調査したが、おおまかな傾向は見られるものの企業によってミッションとビジョンの関係性は考え方が違う。であれば、「Nyleにとって最も経営陣が腑に落ちる関係性を定義すれば良いのではないか」という結論に至り、Nyleにおけるミッションとビジョンの関係性を下記のように決定した

企業にとっての最終ゴールである社会的使命(ミッション)の実現に向けて、「当面目指すべき理想像」としてのビジョンを制定した、ということである。このような形にすることで、もともとのミッション、ビジョンの関係性に対して抱いていた違和感の大部分は解消することができたように思う。

具体的には、
・長期的に目指すゴールがミッションに一本化され、最も重要なものがメンバーに分かりやすくなった
・ミッション達成の通過点としてのビジョンに、より具体的な言葉を使うことが可能となった
・結果としてメンバーに会社として目指してもらいたい方向性をクリアにアウトプットできるようになった
というのが、現時点での手応えである。

Nyleの新たなミッションとビジョン、そして経営方針

このようなミッション、ビジョンの関係を前提としつつ、Nyleが制定した新たなミッション、ビジョンについて発表したい。

新ミッション:社会に根付く仕組みを作り、人々を幸せにする

ミッションとしては、基本的には旧ミッションである「新しきを生み出し、世に残す」において言わんとしていた、「世の中に残るモノを作る」というメッセージは言葉を変えて残しつつも(そもそもこれが私の起業の理由であるため)、「人々を幸せにする」という利他性の高い言葉を盛り込んだ。

どのような業種業界のビジネスにおいてもそうだが、「儲かるビジネス=人を幸せにするビジネス」ではない。これを理解していない企業は倫理観を失い、結果として人々のためにならない事業を行いがちである。

私たちNyleは、あくまでも「人を幸せにする」取り組みを通じて、社会に根付くモノを残していきたいと考えている。

新ビジョン:デジタルマーケティングで社会を良くする事業家集団

また、ミッションとビジョンの関係性見直しに伴い、ビジョンについては抜本的に変更した。

Nyleは企業向けのコンサルやメディアを手がけ、今年からは自動車マーケットにも参入するなど、「色々手を出している会社」である。

だがNyleの戦略として一貫してあるのはデジタルのマーケティング知見を生かすという基本戦略であり、社内で醸成したマーケティング力を活用して事業をやっているという点が特徴となる。

加えて、私たちは自らを「事業家集団」と定義し、数々の事業に挑戦していくことを宣言する。

この言葉を決めるにあたっては色々と議論があった。

「技術にしろマーケティングにしろ、エキスパートを目指す人は事業そのものには関心を持てない人も多いのではないか」という意見については確かにその通りかもしれないと考えており、迷いもあった。

が、現時点での結論としては「エキスパートは大歓迎。育成投資もしていくが、事業があってこその技術であり投資なのだから、全てのエキスパートに事業への関心も持ってもらいたい」という方向で、経営陣一同が一致している。

経営方針:100の事業を創出し、10の事業を世に残し、1つの事業で世界を変える

Nyleではこれまで、かなり厳選をして新規事業を検討、実行してきた。

しかし、これまでのやり方では、私たちが目指している規模感に到達するまでの速度感としてあまりにも遅きに失すると考え、今後はより多く打席に立ち、新しい事業開発に取り組んでいこうという意思決定を下している。

新しい事業の立ち上げには常に失敗も伴う。だが、失敗をするということに対し、それが当たり前であり許容すべきものであるということを明確にすることで、失敗すらも糧に変えていける組織が作られると私は思う

そこで、新たに経営方針という概念を導入し、数々の事業に取り組み、その中から10%で良い、世の中に残る事業や世界を変える事業を輩出していくのだ、という宣言を社内に行った。打席に何度も立つ、その中から一握りの大成功を得ていく、ということである。

企業におけるイデオロギーと経営者はどのように付き合うべきか

上記のような内容について、Nyle経営陣は非常に多くの時間を議論に使い決定するに至った。
今回のミッションやビジョン、経営方針という企業にとってのある種の「イデオロギー」の刷新が、どのように働くかはまだ定かではない。

だが、現時点で一つ言えることとしては、企業はこうしたイデオロギーとの向き合い方に妥協をしない方が良い、ということである。正直、Nyleの今回のイデオロギー変更はかなり遅かったと反省をしているのだが、それでも真剣に向き合い修正できたことは大変良かったと思っている。すぐに、感じられるメリットとして、下記についてはすでに手応えを感じているので共有しておくこととする。

①経営陣同士の視座観を合わせることができる
経営陣がどのようにイデオロギーを捉えているかがズレていると、どうしても日々のマネジメントアウトプットに影響が出てしまうと思う。私たちは1年半に渡り、あえて即決せずに議論を尽くしてきたことで、Nyleという会社が目指す方向性や守るべき企業倫理などについて多様な話し合いをすることができた。こうした視座のすり合わせによって、経営上の意思決定において「何を大事にすべきか」という観点での議論をする時間が良い意味で減ったように感じている。

②メンバーへの強いメッセージ発信を通じて覚悟を問うことができた
ミッションやビジョンの変更は、「Nyleに在籍するメンバーがNyleにいる理由」や「Nyleにいることで得られるであろうキャリア」について、ある程度揺さぶりをかけるものだと思う。今回の変更により、強く「この会社でやれることは楽しそうだ」と思う人もいれば「この会社の方向性は自分に合っていないのではないか」と思う人もいるだろう。仮に後者のようなメンバーがNyleを辞めてしまったとしても、それはそれで良いと私は思っている。同じ船に同じ志で乗れないのなら、志を同じくする別の船を探す方が良い、ということもある

また、上記の他にも、企業の方向性が明確化されることによる採用力強化などはかなりの確度で成果として得られるのではないかと考えている。

とはいえ、目指すものが抜本的に変わるわけではない

ミッションやビジョンが変わったとはいえ、それによって企業の目指す場所が全く違うものになったわけではない。

どちらかというと、自分たちが目指してきたものを言葉として再定義することで、より正確に、速度を上げて、目指す場所にたどり着けるようになる、というのがその本質だと私は考えている。

Nyleは引き続き、「デジタルマーケティングで社会を良くする事業家集団」として、事業に集中していく。

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カルモ発表と新年の抱負

もはや今更感があるが、2018年が始まった。
2017年、一度も更新しなかったこのブログだが、久々に更新をすることとする。

「マイカー賃貸カルモ」を発表

本日ナイルの新規事業となる「マイカー賃貸カルモ」の発表を行った。現在はティザーサイトとして事前登録の受付を開始したに留まるが、近日中に正式なリリースを行う予定となっている。事前登録に参加するとリリース後の契約時に30名先着で5万円のキャッシュバックを受けられる。ご興味ある方はぜひ登録してみてほしい。

カルモは、ディーラー店舗などに赴かなくてもリーズナブルな月額料金でマイカーに乗ることができるサービスとなっている。契約期間はライフスタイルに合わせ1年から9年で選ぶことができ、車はお客様の家まで納車される。また、車を手に入れた後のカーライフまでをサポートする顧客向けサービスを順次開発していく予定である。

このサービスは私が主導してプランニングを行なったのだが、思いついたきっかけは父の存在であった。

1年ほど前のある日、父と会った際、父はヤフオクで車を買おうとしていたのである。

当時の私には、「車とは現車を見て試乗してから買うものである」という先入観があった。また、父はLINEなどを使い始めたばかりのいわゆるITリテラシーが決して高くない人物であるため、そのような人がヤフオクで車を見つけ、業者と交渉をしているという事実にひどく驚いたものである。

その後、様々な事業者と話をしていくうちに、「ネットで車は売れない」という先入観はもはや過去のものとなりつつあるのではないかという仮説に思い至った。

以前に比べ、インターネット上には情報が溢れている。車についての情報ももはや網羅されていると言って差し支えない。そのような状況では店舗や営業マンの存在意義は薄れつつあるのではなかろうか。一括して情報が掲載されており、申し込みまでできる。しかもリーズナブル。そのような合理的な形を人々は求めていると思う。

上記のような観点から、カルモでは当面「面倒なディーラー巡りをしなくてもリーズナブルに車を手に入れられること」「乗っているクルマについての困りごとをインターネットで便利に解決できること」を実現させていきたいと考えている。

自動車産業を主役として社会に起こる変化

自動車産業には今後十数年の間に多くの革命的な変化が起きていく。

ハイブリッド、EVを始めとしたエコカーが主流になること、Uberを始めとした「カーオンデマンド」の世界観の浸透、インターネットに車がつながるコネクテッドカーのコモディティ化、そして自動運転である。

それらは自動車産業の中だけで完結する変化ではなく、公共交通や都市のありかた、環境への配慮、さらに言うならば「人やモノの移動」という壮大なテーマに関わる大きな変化となるであろう。端的に言うと、人々の時間は今以上に「増加」し、都市という概念はさらに広がると考えられる。「移動」に必要となる時間的、意識的、労力的コストが大幅に低下するからである。

そのような未来が確定的である中でも、自動車産業におけるヒエラルキーの頂点はメーカーをはじめとした「ものづくり」の世界の住人たちである。少なくても当面の間は。だが、既にヒエラルキーの構造は大きく変化し始めている。こうした変化は等比級数的な拡がりを見せ、数年後には社会の様相はかなり変化していると思う。

大きな機会を捉えることを可能にするのは、いつでも急成長する市場ないし急変化する市場においてである。

自動車産業は、巨大産業であるがゆえにベンチャー企業が参入しづらい市場である。一方で、今後急激に変化する市場であるというのも間違いない事実だ。業界の構造を学び様々な事業者との連携を重ねていくことで、大きな影響力がある事業作りは決して不可能ではないと私は考える。

上述した4つの大きな変化の中で、自動車領域におけるシェアリングエコノミーの本格化に先立ち、「所有」の概念が変わってくる。カルモでは、「所有」と「共有」の中間的な立ち位置にある「月定額制の賃貸」という形式を取り入れつつも、これから十数年の大きな時代のうねりを捉えるための仕掛けをしていこうと考えている。

日本という世界に誇るモビリティ先進国において、IT企業というユニークな立場から産業に関わっていけることは刺激的だ。未来を楽しみにして取り組んでいきたい。これに賛同し志を共にする方がいるのであれば、ぜひナイルの門を叩いて頂きたい。

新年の抱負

さてカルモの話はここまでにして、ナイルの経営者として新年の抱負についても述べておきたい。

今年のテーマは、「現在の延長から脱却する」である。

これまで11年間にわたり企業経営をしてきた(実は本日が創業記念日である)が、はっきりしていることがある。それは世界、ないし日本においてすらも私よりも遥かに優れた経営者、というか起業家達がいる。つまり、自分のこれまでの経営の仕方は必ずしもベストプラクティスではないということである。

AlphaGo同士の対局において、プロ棋士でも意図が不可解な打ち筋が多くみられたという話を以前聞いた。もし仮にこの世に起業家の働きをするスゴイAIがあったとして、私と同じ立場から事業を始めたとしたら、おそらく今の私では思いもつかないような打ち手を大胆に打つだろう。

だから、これまで自分が「何となく気持ちが悪いからやらなかったこと」「何となく怖いからやらなかったこと」について、やる上での合理的な理由が見出せるなら、積極的に取り組んでいくことにしようと思う。もちろん人間の想像力には限界があるのだが。

こうした前提の上で、2018年は下記の3つを抱負としたい。

1・ 事業の多角化を推進すべく、「自分が考える」ではなく「人に考えてもらう」経営者となる

ナイルでは上述したカルモ以外に、2つの既存事業を展開しており、それぞれに事業責任者が数字にコミットしている。また、事業以外の組織開発やコーポレートについても、ボードメンバーがそれぞれの役割を持ち働いている。

こうした事業面および組織面について、以前は私自身も戦略策定に加わっていくことが多かった。だが、複数の事業を大きくスケールさせつつ組織を強化していくためには、このやり方では正直見合っていないと感じることが多くなってきた。

そこで、2017年からやり方を変えてきてはいたのだが、2018年はさらに一歩踏み込み、ひたすらにボードメンバーの良きメンターとして事業戦略や彼らの能力、視座が大きくストレッチするための刺激作りを積極的に行っていこうと思う。自分が脳みそになるのではなくて、彼らの脳みそに適切な刺激を与えられるポジションになるイメージである。

2・2017年に大きく芽吹いた、ICOを中心とする非中央集権の枠組みを考察する

2017年から仮想通貨界隈はものすごい盛り上がりを見せている。

自分の周りでも仮想通貨投資で大きく儲けた人が量産されている状況となっており、社会的には、いわゆる「バブル期」を知らない若い世代が「仮想通貨バブル」を満喫するお祭り状態になっているように思う。

だが、多くの仮想通貨投資は「投機」としか言えない様相を呈している。一部の「分かっている人」よりも遥かに多くの「分からないけど儲かるから投資している人」が存在し、そしてこれからも急増していくはずだ。

それは消して悪いことばかりではなく、仮想通貨という領域にマネーが流れ込むことで、より「実用」の伴った付加価値が生まれやすくなるという点において喜ばしい。だが、一方で「実用の伴わないモノ」については価値が膨れ上がる根拠は本来乏しいというのもまた事実であろう。そうしたものは、どこかのタイミングで淘汰されていかざるを得ないのではなかろうか。

「投機はよくない」と言うつもりはない。若い世代が既存の中央集権的なマネーの枠組の外で(といっても多大な制約を受けつつではあるが)経済的利益を享受できるというのは良いことだと個人的には思う。だが、起業家の役割とは「実用」、すなわちリアルな社会における付加価値を作る部分ないしその礎となるモノに向くべきであろう。

この領域については私はほぼ門外漢であり、不勉強な部分が多々あると自己認識している。よって、今年はICOを始めとした非中央集権の枠組みについて学習し考察し少なくとも自分の考えを正々堂々と述べられる状態を目指していくこととしたい。

技術的な観点はもちろんだが、どちらかと言えばビジネスにおいてどのような応用範囲があるのかといった観点を考え、フィットするのであれば自社のビジネスにも応用して「実用的な価値」を作りたいものである。

3・オンライン、オフラインを問わずアウトプットの絶対量を増やす

2017年はアウトプットの量がかなり減ってしまったと反省している。Facebookではそれなりに投稿を行っていたのだが、全然足りていないと感じている。

そこで、2018年はオンライン・オフライン問わず多くの発信をしていきたい。また、発信の内容についても、これまでは発信してこなかったような分野においても考えを述べていくこととしたい。

特に、カルモという事業に取り組む以上、特に「自動車産業」「移動革命による社会変容」については自らのメインテーマとして重視していこうと考えている。実はすでに自動車業界のセッションにてパネル登壇のお話もいただいている。こうした機会についても積極的にお受けしていきたいと考えている。

おわりに

いずれにせよ、今年は面白い年になりそうである。

ナイルに関して言えば、昨年から仕込んできた新規事業がリリースされ、その感触を掴む年になると考えている。実はカルモ以外にも全く別の領域でリリースを予定しているメディアもあるのでそちらも今から楽しみだ。

一方、世の中に目を向けると、多くの市場において話題と変化に事欠かない。2017年はスマートフォンの登場以来の大きなパラダイム変容がいくつかの領域において起こり、さらなる変化に向けた土壌が整った一年であったように思う。

2018年はそうした土壌に芽が出て花が咲き、さらに加速度的な変化が生まれる一年になるだろう。一つの企業、一人の個人にできることに限界はあれど、この最高にエキサイティングな時代に生まれたからには挑戦を楽しんでいきたい。

本年度もどうぞよろしくお願いいたします。

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「頭が良い」と「優秀」は、全然違う概念であるという話

2018年卒業予定の学生に向けたNyleの新卒採用活動がスタートした。

Nyleでは2012年から本格的に新卒採用を始めており、2018卒の新卒社員は新卒世代7期目ということになる。私自身も採用に積極的に携わり、これまでに数多くの学生と会ってきたが、興味深いことに、学生が持っている疑問や不安の種類はあまり変わりがないように思う。

例えば、私がこれまでによく聞かれてきた質問のひとつに、「優秀さの定義って何ですか」というものがある。様々な企業が「優秀な学生」という言葉を安易に使いがちであるにも関わらず、その要件が企業によって異なり、かつそれが往々にして学生間で使われる「優秀さ」の定義とは乖離があるためにこうした質問が出てくるのだろう。そして実際、社会における「優秀さ」と学生の間において使われる「優秀さ」は全くの別物であると私は思う。

本日の記事では、学生からよく聞かれるこの質問を引き合いに出しつつ、私がこの言葉以上に大切だと考える一つの素養について書いていくこととする。

「優秀」という言葉に潜む誤解

多くの場合、学生間において言われる「優秀さ」とは「勉強ができる人」のことである。何故かというと、学生社会においては試験成績や在籍校などによってかなり定量的に学力が数値化され、優劣がつけられるからであり、そしてその優劣が(特に高学歴の学生や高学歴を目指す学生の間においては特に)重要とみなされるからであろう。

こうした背景を持った学生にとっての「優秀」というキーワードは、「勉強ができること」や「地頭が良いこと」と捉えられがちであり、それはそれで「その人の過去の経験」としては正しい。一方で、こういった意味合いで使われる「優秀」というキーワードからは、重要な概念がすっぽりと抜け落ちている。

「優秀である」ということは「特定の環境において優れていること」である。学力がものを言う世界であれば頭が良いことは優秀である事に直結するが、そうでもない環境__すなわち、数々の特殊環境の集合である社会においては、頭が良いことがそのまま優秀であることの根拠とはとても言えまい。だから「優秀」という言葉を用いる際、この「特定の環境において」という要素をその概念に意識的に内包しておくことが重要である。

そして、既述したように「社会」と一口に言っても様々な環境がある。職種や会社、役職が違えば求められる能力は全く異なるし、その他の環境変数を挙げだせばキリがない。

頭が良くて困ることというのはほとんど無いだろうが、少なくても「頭が良いということは学生間で重要視されるほどには重要なことではない」ということは覚えておいたほうが良く、むしろ社会はその様々な環境変数の中で、頭が良いことよりも全く別の要素を求めているのだということは学生のみならず全ての人が認識すべきことであろう。

環境変数に左右されない「優秀さ」について

一方で、どのような環境変数の中においても一貫して通用する「優秀さ」というものがあるのではなかろうか。私の経験上、業界や職種を問わず「この人すごいな」と感じさせる人物には、確定的に共通する要素が存在している。

こうした「汎用的な優秀さ」を構成する要素を知り、自分のものとすることは、後天的には向上が望みにくい「頭の良さ」を云々言うよりもはるかに有用である。もちろん「汎用的な優秀さ」を構成する要素と言っても全てを言葉でカバーできるわけもないのだが、あくまでも私見として、私が考えるいくつかの例を下記に紹介したい。

1:コトの背景を説明し周囲のパフォーマンスを引き出す力
人のパフォーマンスは、仕事の意義や目的を理解している場合とそうでない場合では全く違う。物事には必ず存在する文脈を誰もが分かるように共有する人は、チームの方向性を一致させ、結果として周囲のパフォーマンスを引き上げるのに一役買うことが多い。

2:課題指摘に留まらず解決方法を提示する力
課題感を指摘するのみならず、解決方法までを提示できる人はどこにいっても大変高く評価されると思う。課題だけを言われても、言われた側がその解決策の模索から始めなければならず、組織的なコストが大きい。良い意味で勝手に解決方法を考えて動ける人が多ければ多いほど組織は強くなる。逆に課題だけ言い放ちソリューションを考えない人は「批評家」と揶揄される。

3:批判を受け入れ、前向きに人の意見を聞く力
他人からのフィードバックを素直に受け入れないプライドの高い人は厄介である。個としての成長が停滞する上に、周囲の人間からしても何か言おうとする度に気を使うことになり、チーム全体の労働満足度が下がってしまう。「まず否定から入る人」というのもよろしくない。意見とかアイデアは肯定されることによって前進する。「いや違うでしょ」という返答ではなく「なるほど一理あるね。でもこういう方がいいんじゃない」という切り返しができる人の周りからは様々なアイデアが生まれる。

4:「一緒にやってやろう」というオーナーシップ
「この人についていく」という考え方は「依存」に他ならず、依存される側からすると中々しんどいものがある。逆に「この人と一緒にやってやろう」というスタンスを持っている人が多ければ多いほど、経営者や上司は楽になるし助けられる。この「一緒にやってやろう」という気概こそを「オーナーシップ」と呼ぶのだと私は思う。

5:知的好奇心と継続的インプット
様々な技術が複雑に折り重なって構成されている現代の産業において、知っていても意味が無い情報はどんどん少なくなっている。だから、自らが属する業界にせよ他業界にせよ、知識を継続的に吸収し、それを仕事に活かす能力が高ければ高いほど、自らのレアリティは増していくと思った方が良い。このためには、学習をする際に「最低限知っておけばいい知識」を得て終わるのではなく、「その先にある様々な知識」にまで食指を伸ばして学習する知的好奇心を持つことが大切である。

「原因自分論」と「優秀さ」の関係性

上記に列挙した要素は、「頭の良さ」とは違って全て後天的に獲得が可能であるように思う。だが興味深いことに、頭が良い人であってもこれらを備えているとは限らない。

上記に列挙した要素のみならず、後天的に獲得可能な良き要素は色々とあると思うが、これらを獲得する人とそうでない人を分けるものは何なのだろうか。

私の考えでは、それは「原因自分論で生きている人か否か」に依るところが大きい。

何かネガティブなことが起きた時、それを他人のせいにする人は人生を楽に生きているのかもしれない。だが同時に、多大な損をしていると私は思う。

例えば、「社員は何もわかってない」などと言っている経営者がよくいるが、こうした発言は自身が経営者として拙いことを吐露しているようなものである。社員が本当に何も分かっていないとしたら、それは経営者が採用を間違えたか育成を間違えたかetc…なのであり、究極的には自分の責任であるはずだ。

経営者でなくても身の回りで起きる様々な事柄において、自分に落ち度が全くないということはまず無い。だから、「自分がこう動いていたら防げたんじゃないか」と思って改善する人はそうでない人に比べて自己革新の速度が段違いに早い。

そう、「原因自分論で生きる人」は往々にして「最高の自己革新者」なのである。

ともすれば人は他者批判に陥ってしまいがちだ。だが、他人を変えるよりも自分を変えるほうが簡単だというのは良く言われる話であろう。自己革新の精神を持った人々は後天的に獲得可能なあらゆる良き要素を迅速に獲得する。人は、どうせ働くならこういう人と一緒に働きたいのではないだろうか。

頭が良いということはもちろん良いことだ。だが、後天的にそうなろうとしても大抵は難しいのもまた事実である。そして、社会の多くの場所で、そんなことよりも遥かに大切な精神の存り方が求められている。

邪推かもしれないが、「優秀さの定義って何ですか」という質問には、「頭が良くなければ良い会社には入れないのではないか」という不安が見て取れる時がある。

もしこうした疑問を持つ人がいるのなら、「多くの場合答えはノーである」と私は言いたい。

「頭が良いだけ」では、「優秀」と言われるレベルには到達しえないのだから。


P.S.
冒頭でも触れたが、2018年卒業の学生を対象としてサマーインターンシップの募集を開始した。「我こそは原因自分論で生きてきた」という学生の方からのご応募をお待ちしている。
Million Dollar Bootcamp 2016

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ナイルがやめた5つの取り組みと、スタートアップが持つべき未来仮説の話

Nyleでは3ヶ月に一度役員合宿を行い、四半期の反省や今後の打ち手の検討、長期的な会社の方向性などについて役員全員でじっくり議論する時間を作るようにしている。その役員合宿が今週末にあるのだが、これに先立ち先週の土日は企業として大切にしていきたいことや大切にしてきたことに思考を巡らせていた。

21歳で起業してこれまでにいくつかのビジネスを手がけてきた。そのなかで、経営者として下してきた決断を分析するというのは暗黙的に存在する会社としての経営理念を言語化するのに有効な手段かもしれぬと思い、一人で書き出している。こういう振り返りを行うと一連の決断の中から、過去には言語化できていなかった自分の経営理念のようなものが立ち現れてくるから面白い。

「何をやったか」よりも「何をやめたか」

「何をやって上手くいったか」というのはとても大事なことだ。だが、大抵の企業や個人が「やめてよかったこと」があるというのもまた大切な事実であろう。Nyleでも多くのことに取り組んで、多くのことをやめてきた。今回の記事においては、「何をやめたか」ということにフォーカスしつつ話を進めたいと思う。

やめたこと1:月次の売り上げは追わない
スタートアップの経営者は月次の売上高に一喜一憂してしまいがちだと思う。キャッシュが潤沢にあるわけでもなく、この赤字があと数カ月続いたら会社は倒産してしまう。そんな時に今月の売上を気にするなというのは無理というものだろう。

だが、今月の売上を気にするだけならまだしも、そこで数字を「作り」にいってしまうとなると話は別だ。大抵の場合、無理な営業獲得に走ってしまう会社は、それ以降に顧客との信頼関係のなかで獲得できるはずあった収益を損なってしまう。なぜなら、営業担当者に今月中に契約をくれ入金をくれと言われることは決して心地いいものではないからだ。

私たちもご多聞にもれず、毎月の銀行残高をいつも気にして毎月の売上を達成するためにあれこれと動く時期があった。だが私たちは、月次の売上見込みが目標に届かなそうだからといって、小手先の施策を打つのをある時から一切やめた。あくまでも目標未達は未達として甘受しつつ、いかにその翌月、翌々月ないし半年後以降にこうした乖離を解消していけるかを考えるようにした。

やめたこと2:テレアポはかけない
多くのWebマーケティング企業やアドテク企業はテレアポをリード獲得手段としていることと思う。しかし、当社は2013年末以降、テレアポを行うことを一切禁じている。「本日は100本の電話をかけてアポ1件で目標に1件届きませんでした」「どうしたら目標に届くと思うんだ」などというやり取りは本当に意味がないし、テレアポをかけていてメンバーに何らかの知見が貯まるということがほぼないからである。

Nyleではこのテレアポに充てていたリソースを、サービスの品質改善やブログ記事の執筆や寄稿、セミナー登壇に充ててきた。結果として現在は、オンラインでの問合せや顧客からの案件紹介など反響営業のみで過去最高売上・利益を出すようになっている。

やめたこと3:人工リンク提供はやらない
少々コアな話になってしまうが、SEO事業を営む会社の多くが、いわゆる人工リンクの提供を行っている。Nyleでは、こうした人工リンクについても2014年以降一切の新規提供を行わなくなり、需要が高まっていたUI改善コンサルティングやコンテンツマーケティングなどの領域強化に取り組んできた。現在、Nyleは過去の顧客も含め人工リンクの提供は一切行っていない。

Googleの持つ高度な検索アルゴリズムは、どんなに精巧に作られた人工リンクでも見破るようになってきている。当面はリンク提供サービスで利益を出せるかもしれないが、5年後か3年後か、もしかしたら明日から、こうしたビジネスは一切通用しなくなるかもしれない。そういうリスクを抱えたまま顧客にサービス提供するのは信義にもとるし会社としても良いことはないと思ったのだ。

やめたこと4:リワード広告は提供しない
Applivをリリースした当時は、アプリ広告といえばリワード広告が全盛であり、収益的にも儲かることがわかっていた。だが、私たちが開発したのはノンインセンティブのアプリ広告サービスであり、リワード広告は自社で提供することはしないと決めていた。上述した人工リンクの話においても見られるように、プラットフォームはスパムを嫌う。AppleやGooglePlayにおいて、リワード広告業者は明確なスパマーであり、しかも取り締まりが人工リンクより簡単だ。数年以内にリワード広告の市場自体が崩壊に向かうと私たちは考え、そして実際そうなった。

やめたこと5:開発チームに納期を押し付けない
テクノロジー企業においては、「徹夜して早く作ったサービスが世界を変えた」というような話が(特に非エンジニアの人々の間で)横行しがちである。当社も以前は「早く作ること」を優先していたし、納期を巻くようにエンジニアに指示することもあった。しかし、今では各プロジェクトの開発責任者に納期の決定権限を与えることにしている。というのも「早く作る」ということだけに目線が向くと、その後のメンテナンス性が損なわれたシステムを作ることになりかねないからだ。

長期的な投資に張り続ける会社は強い

上述したNyleがやめてきた取り組みについて、共通していることはなんだろう。
私は、「長期性を考慮しての判断である」ということにあると思う。

経営者が短期的な成長を追っていくようになると、メンバーも含めた全員が今月の数字という「足元」しか見えなくなってしまう。結果として「今」を改善するだけの小手先のテクニックに走ることになり、足元数字が少しでも悪くなる施策や投資に忌避感が生まれてしまう。こうした組織の中での「投資への忌避感」をメンバーは敏感に感じ取る。すると、中長期的な施策がどんどん出てこなくなり、結果として単月黒字を追求するだけの凡庸な会社になってしまう。

逆に、経営者が長期的な成長を追っていくようになると、より長い射程での投資検討が可能になり、組織からもより多くの中長期的なアイデアが出て来やすくなる。足元の数字は一時は悪くなるかもしれないが、中長期的にはより高い成長が望めるし、メンバーも地に足をつけて仕事ができるようになる。

というツイートを以前した。仮に足元数字が切迫した企業の場合は、こうした長期性に張るための軍資金としてのVCマネーを入れるというのは極めて効果的だと思う。逆に言うと、VCマネーをいれるのに足元数字の改善に資金を使うのは愚の骨頂と言えるだろう。

自分の中に、未来仮説を持っておく

長期的な成長を求め投資をしていくのは、短期的成長を追うのと比べ、使う脳の筋肉がかなり違う。短期的な成長を追おうとした場合、変化の早い世の中とは言え、外部環境の変化を考慮して施策を組み立てることはまずないだろう。だが、半年や1年、3年スパンでの長期成長を目指して戦略を模索する時、外部環境の変化は大変重要なファクターになってくる。多くの企業が長い目で見た際の外部環境の変化に敏感ではない分、この変化にキャッチアップできるとかなり長期的投資の成功確率が上がると私は思う。

こうした長期的な外部環境の変化を予想し、高い確率で起こる「未来仮説」として経営陣がコンセンサスを持っておくと、企業としてどのように立ち回れば良いのかという輪郭が明らかになってくる。

Nyleについていえば、Applivは私たちの未来仮説が奏功した良い事例と言えるだろう。

今でこそゲームやアプリはスマートフォンで楽しむものだが、4年前の2012年、世の中はまだまだガラケーの時代だった。そしてガラケーにおけるゲームプラットフォームはブラウザであり、MobageやGREEが全盛を誇っていた時期でもある。

参考:DeNAのQ2決算、課金好調で増収増益–モバコインの消費額が過去最高に

しかし私たちが描いていた未来仮説は、
・スマートフォンが今後の携帯端末の主流となる
・正規のアプリストアが一気に発展し、人々はブラウザゲームを使わなくなる
・最初はスパム的な広告手法が発展するも、その後は正規な広告商品が必要とされていく
というものだった。

これらの流れは、いずれやってくるだろうとは思っていたものの、それが何時になるのかというのはなかなか読めなかった。2011年の終わり頃、周囲のテクノロジー関係者が皆iPhoneを使い、AppStoreでゲームやアプリをダウンロードしているのを見て、今後5年のスパンでスマホアプリ市場が一気に立ち上がってくると判断し、Applivを立ち上げるに至った。この未来仮説はそれなりに正しかったと思うし、早すぎず遅すぎずのちょうど良いタイミングで事業を開始できたと自負している。

感情が社会を支配し、合理性が企業を支配する

未来仮説を考えていくにあたり、GoogleやFacebook、Appleなどのプラットフォーム提供企業の動向はかなり予測が楽だと思う。というのも、こうした企業は事業的にはあくまでも「営利目的」の企業であり、自社の利益を長期的に最大化させる方向に動いていくからである。

Googleがスパムを撲滅したいのも、より良い検索結果を表示しなければユーザーが離れてしまい広告収益が減少するからだ。Appleがリワード広告を撃退したいのも、AppStoreのランキングがダウンロード数に応じて上下するように設計されているためリワード広告によって品質の低いアプリが上位に表示され得るからだ。FacebookのInstant Articlesにせよ、より長い時間ユーザーをFacebook内に留めておくことで、より多くの活動データや広告収益が獲得できるようになるからという理由で導入を説明できる(リンク遷移によるコストからユーザーが救済されることでユーザー体験も向上する)。

これらはいわば、予定調和的な動きであり、予測はある程度簡単だ。これに対して(企業もひっくるめた)政治や経済、世論、非営利団体が織りなすマクロな社会活動は、はるかに複雑性が高い。

社会は世界企業が提供するプラットフォームに比べ、はるかに多極的なプレイヤーが異なる利害を共にしている。また、企業の中では指揮命令系統の優劣が明確だが、社会においてはどんなプレイヤーが存在するかすら時として判然としない。より有機性と複雑性に富み、多極分散的な意思決定や合意形成がされるのが社会であり、その分企業の意思決定よりも論理的な結論に行き着きづらく、流動的な結論が導き出される可能性が高いのではないかと思う。

震災に寄付する著名人たちをネット民がよってたかって叩く姿は記憶に新しいが、他の著名人やそれに憧れる人たちの更なる寄付を抑制するものでしかないという意味で、こうした現象は合理的な社会像からはほど遠いだろう。

マクロな社会活動がこうした合理性に乏しいものである以上、その予測は時として大変困難である。だが逆に言うと、こうした複雑性に富む社会という前提は、一見して合理性からはかけ離れた事業やサービスが成立し得るということを示唆しており、社会全体が持つ集団心理を掴むのに長けた起業家ないしサービス提供者は、「一見すると不可解だが彼らにとっては必然のヒット」を飛ばし続けられるのかもしれない(私の周りではこういう人を、よく分からないけどすごい「プロデューサータイプの起業家」と呼んでいる)。

起業家の仕事は、未来仮説を持って長期性に取り組むと決めること

若干話がそれたが、起業家がすべき仕事の一定割合は未来仮説を持ち、長期性に取り組むという腹を据えることだと私は思う。目減りし続けるキャッシュフローの恐怖や手っ取り早く儲かりそうな仕事の誘惑は理解できるが、多くの起業家はこうした「回り道」に時間を割いている暇はないはずだ。「急がば回れ」というやつである。

ドラッカーは企業の意味を「顧客の創造」といった。

この飽和した日本経済において、スタートアップやベンチャーはどんな価値を発揮すべきかといえば、新しい事業を創造し経済を活性化させていくことにあると思う。誰もがやっている小手先の改善よりも、その事業の可能性を長期的に最大化させるような施策を、自分たちなりの未来仮説とともに実行していくことで、大手企業や競合企業が達成し得ない大きな事業成果や結果としてのオンリーワンの顧客満足を生み出せるのではないだろうか。

長期的な投資をし続けるのは時につらい選択だ。しかしスタートアップを名乗る以上は、自分たちが実現したい世界を実現するのが使命であるはずだ。

Nyleは今、Applivが国内で実現してきたことを世界でも実現しようとしている。私たちが今持っているこれからの未来仮説はここには書かないが、これを証明できた時、Nyleは確実に次のステージに上がれると考えている。引き続き背水の覚悟で、長期性への投資を続けていきたい。

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